上野動物園の小獣館で飼育されていた、ヤマアラシの「ドリ」について書きました。
どんなもの?
上野動物園の西園には小獣館という飼育施設がある。
小獣館にはミーアキャットやアルマジロなどのユニークな小型の動物が飼育展示されている。地上と地下の2フロア構成になっていて、地上から地下へ抜けるには、一度建物の裏手のに抜けて、屋外の坂道を下るような順路になっている。
その途中、地上階を出てすぐ左手の、木陰みたいなスペースに、彼の棲み処があった。
たのしいね!
あれは2~3年くらい前のことだったようにも思うし、もしかしたらもっと前のことだったかもしれない。
私は上野動物園には高校を出たくらいの頃から毎年欠かさず何回かずつは訪れているので、とにかく彼のことはもう、何年も前から知っていたはずだった。
印象に残ったきっかけは、六畳間よりは広そうな飼育エリアの中で、たった一匹飼育されているヤマアラシである彼が、壁の一箇所に向かって、激しく左右にステップを踏んでるところを見かけたことだった。
そのようなダンスを観るのは初めてだった。ずいぶん念入りなその動きに気を取られて、私はその場で足を止めた。
もしかしたら10分くらいは眺めていたと思う。その間ずっと彼は、一心不乱に揺れていた。途中、何人かの親子連れやカップルが後ろを横切っていったが、くすくす笑ったり声に出して不思議がったり。私以外の皆も少なからず、彼の動きが気になっているようだった。
何かに取り憑かれたような反復運動。やめる素振りはまったく見えない。もしかしてこれは何か、病気やケガによる異常事態ということはないだろうか。私はだんだん、心配にもなり始めていた。
ようやく通りかかった飼育員さんは、私とヤマアラシを横目にしながらも、へいぜんと通り過ぎていった。
それで私は、ああこれは特に、問題のある状態ではないということだろうな。きっと見慣れた動きなんだ、と思った。
発情期とか餌の時間の興奮が冷めやらないとか、威嚇行動の練習とか。たぶんそういうときの動きなのだろう。それにしても熱心過ぎるような気がするけれど。私はすこし、安心した。
まだまだゆらゆら、ゆらゆら、している彼に、「なんだか知らないけどがんばれよ」と声をかけて、先に進むことにした。
そういった、自分勝手な思索の結果なのだけれども。興味と心配と安堵をいっぺんに味わったヤマアラシのエリアはその日から、私にとって思い入れあるスポットのひとつになった。
それからも何度か、上野動物園に足を運んだ。そのたびに、小獣館と彼のエリアには、必ず立ち寄ることにしていた。
あの激しいダンスを見かけることはあまりなかったが、そのときどきの様子にバリエーションがある彼を観るのは、十分に興味深いことだった。
広いとは言えない飼育エリアを周回していることもあったし、エリアの真ん中のすこし高さのある小屋に、出たり入ったりを繰り返していたりもした。
姿が見えないと思えば手前の壁に張り付くように隠れていたり、奥の奥で丸まってじっとしていることもあった。
まわりに人がいないときには、「よう」とか「また会ったな」とか、そっと声を掛けてみたこともあるけれど、彼の方では見物客のすることになんか飽き飽きしていたようで、特に何か反応を得られたような覚えはない。でもまあ、それで満足だった。
最後に彼を観たときのことは、なぜだかよく覚えている。
2016年の秋の始め頃だった。
そろそろ閉館時間の案内放送が流れてしまう、などと思っていた。爬虫類館でカメを眺めるのに時間をかけすぎてしまったせいだ。
JR方面の出口がある東園に戻る前に、小獣館に向かった。
今日もヤマアラシは観ておきたい。
建物の中は、団体のお客さんが残っていて、まだまだ賑わっていた。ひとまずさきにヤマアラシに会っておこうと、建物の外に抜けることにした。
彼はすぐに見つかった。ど真ん中の小屋のどまんなかで堂々と丸まっていたからだ。
けむくじゃらだし全体的に黒いので、見えているのがうしろなのか前なのかよくわからなかったけれど。とにかくいた。
しばらく眺めてみたものの、彼は寝ているのか休んでいるのか、ほとんど動く気がないようだった。呼吸と、ときどき吹く風で、毛並みが揺れていた。秋の木の葉がすこし、彼の小屋の回りにも散っていた。
いちど建物のなかに戻り、足早に通り過ぎたアルマジロや、ミーアキャットを眺め直すことにした。そうしてから地下に移動する前にもう一度寄ってみよう。
しばらくしてから戻ったけれど、彼は相変わらずじっとしていた。
動かない彼を観るのは始めてではなかったので、今日はそういう気分の日なんだろうな、くらいに考えた。
また来ればいいか、次は動いてるといいな、なんて思いながら、その場を離れたんだったっけな。ほんとに閉園のアナウンスも流れてきてしまったし。
そんなこんなで半年ほど過ぎた。
今年も、梅雨が空けそうになったいまごろ、むしむしもやもや、いよいよ暑くなってきた。夏場に屋外をあるき回るのはしんどいからね。本格的な夏が来る前にいっぺん、上野動物園に行っておかなきゃな、なんて思っていた。
そしたらさっきツイッターで、ヤマアラシの彼が亡くなっていたのを知った。
上野動物園のカナダヤマアラシのオス「ドリ」は2017年5月23日、腫瘍が原因で死亡しました。上野動物園の最後の1頭でした。東京ズーネットお知らせ☞https://t.co/1rlTS32iuC pic.twitter.com/dAsGdJVYXG
— 東京ズーネット[公式] (@TokyoZooNet_PR) 2017年7月3日
彼の名前はドリで、カナダヤマアラシっていう種類だったんだって。
そんなこともよく分かっていなかったけれど、これでヤマアラシの展示もなくなるっていうんで、なんだかずいぶんさびしい気持ちになってしまったので、この記事を書きました。
オスなのはうすうす、そんな気がしていたから知ってたよ。不思議なものです。
さびしいけれど、また今度、小獣館に行ってみようね。
な か よ し ☺
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